東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4211号 判決 1974年3月25日
原告 日泰リース株式会社
右代表者代表取締役 冨沢一浩
右訴訟代理人弁護士 大江保直
同 川崎友夫
同 林晃司
同 石田義俊
同 石塚久
同 斉藤英治
被告 佐野実
右訴訟代理人弁護士 藤原昇
主文
一 被告は原告に対し、金三四三万七〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年六月五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の申立
一 原告
主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」
との判決。
第二請求原因
一 被告および取下前被告加藤正次(以下加藤弁護士という)はいずれも大阪弁護士会所属の弁護士である。
二 委任契約の締結
原告は、訴外会社寺内組こと寺内建設株式会社(以下訴外会社という)に対し、別紙手形目録記載の約束手形金債権合計四三三万七〇〇〇円(以下本件手形金債権という)を有していたが、その執行を保全するため、昭和四二年二月中旬頃、被告に対し、訴外会社が当時大阪府に対し有していた約七〇〇万円の請負工事代金債権のうち四三三万七〇〇〇円につき仮差押をし、さらに差押・転付命令を得たうえ、大阪府よりその弁済を受けるべきことを委任した(以下本件委任契約という)。
三 仮差押決定
被告は、昭和四二年二月一八日大阪地方裁判所に、債権者を原告、債務者を訴外会社、第三債務者を大阪府とする債権仮差押命令の申請をし(昭和四二年(ヨ)第七〇二号)、同年二月二一日、右代金債権のうち四三三万七〇〇〇円につき債権仮差押決定を得(以下、本件仮差押という)、その頃右決定正本は大阪府に送達された。
四 執行取消契約等の締結
原告の代理人である被告は、昭和四二年四月四日頃、訴外会社の代理人である加藤弁護士との間で、つぎの契約を締結した。
(一) 原告は、本件仮差押の執行取消申請をすること。
(二) 右取消決定がなされたとき、訴外会社は、大阪府より前記工事代金を受領し、現金一五〇万円および額面二〇万円・満期昭和四二年五月一〇日とする訴外会社振出にかかる約束手形一通(以下、両者を合せて、弁済金等という)を原告に交付して、別紙手形目録(一)ないし(三)記載の手形金債務を弁済すること(以下本件執行取消契約という)。
五 原告の損害
(一) 被告は、昭和四二年四月八日頃、訴外会社に対し、本件仮差押の執行取消に必要な書類を手渡し、同日執行取消決定がなされ、訴外会社は大阪府から前記工事代金を受領した。
(二) しかるに訴外会社は、弁済金等の支払、別紙手形目録(六)ないし(十二)記載の手形金の支払をせず、その後原告が訴外会社に対して行なった強制執行も何ら功を奏しなかった。
(三) 右のとおり、本件執行取消契約の締結、本件仮差押の執行取消によって、別紙手形目録に記載の手形中(四)、(五)を除くその余の手形金債権合計三四三万七〇〇〇円が回収不能となり原告は右同額の損害を被った。
六 被告の責任
(一) 債務不履行
(1) 被告は、本件手形金債権の保全につき委任を受けた弁護士として、前記仮差決定の執行取消をすべきでなく、また、かりに取消申請をするとしても、これによる損害を原告に与えることのないような措置を講ずべき注意義務がある。
(2) しかるに、被告は原告に対し、右執行取消によって債権の回収不能の危険性があることを説明もせずに本件執行取消契約締結の同意をさせたうえ、右契約を締結して執行取消手続をし、しかも、大阪府から訴外会社に工事代金が支払われた際にもこれに立会わなかった。
(3) 被告の右行為は、本件委任契約の債務不履行に該るから、原告が被った前記損害を賠償すべき義務がある。
(二) 不法行為
被告は、訴外会社の経営状態が悪く、そのため本件執行取消契約を締結して本件仮差押の執行を取消せば、本件手形金債権が回収不能となるべきことを知り、あるいは知り得たにも拘らず、前記(一)(二)記載のとおり原告に右執行取消手続をした過失により、原告に前記損害を被らせた。
七 よって、原告は被告に対し、(一)不法行為に基づき、三四三万七〇〇〇円の損害金およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年六月五日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払、または(二)委任契約の債務不履行に基づき右同額の損害金およびこれに対する遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する答弁および被告の主張
一 答弁
請求原因一ないし五、同六のうち被告が本件執行取消契約を締結し、執行の取消手続をしたこと、工事代金授受の際被告が立会わなかったことは認めるが、その余は否認する。
二 主張
(一) 本件執行取消契約を締結するに至った事情は以下のとおりである。
(1) 被告は、昭和四二年三月一八日、原告会社大阪支店長川島孝次から、別紙手形目録(一)ないし(三)の手形につき、同支店営業課長吉田某が同年一月二四日、訴外会社から額面合計一七〇万円、満期・同年三月、四月各末日とする延期手形二通と利息二万二〇〇〇円を受領しており、訴外会社は本件仮差押が違法であると申入れしている事実を知らされた。
(2) そこで被告は、原告が右取消申請をした方が良いと思うが、なお原告本社と協議するようにと意見を述べたところ、原告は、本社で協議の結果右取消申請をすることに同意したので、被告は本件執行取消契約を締結した。
(二) 右のとおり、右契約の締結、執行取消手続は、もっぱら原告の同意に基づき行なわれた。また、工事代金授受の際被告が立会わなかったことについては、前記川島の承諾を得てあった。
したがって、被告には原告主張のような債務不履行および過失はない。
第四証拠関係≪省略≫
理由
第一 請求原因一ないし五はいずれも当事者間に争いがない。
第二 そこで被告に、原告主張の請求原因六記載のような債務不履行ならびに過失があったかどうかにつき検討する。
一 本件執行取消契約を結ぶにあたり被告が原告の同意を得ていること、訴外会社が大阪府から工事代金を受領した際被告が立会わなかったことはいずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、
(一) 被告は、昭和四二年三月初め頃と中旬頃の二回、訴外会社の代理人である加藤弁護士から、訴外会社が本件手形金債権の三分の一程度を支払うから本件仮差押の執行取消申請手続をして欲しいとの依頼を受けたが、その都度断わっていた。
(二) ところが、同月一八日頃、被告は、原告の大阪支店長川島孝次から、右支店営業課長吉田某が本件仮差押以前本件手形金債権のうち別紙(一)ないし(三)記載の手形について訴外会社の代表者寺内伊勢雄より満期同年三月、四月各末日とする延期手形二通と利息二万二〇〇〇円を受領しているのが判明したこと、寺内は本件手形金債権がいずれも期限未到来であるのに、それに基づき仮差押するのは不当である旨川島に抗議している事実を知らされた。
(三) そこで被告は、訴外会社が本件仮差押により資金繰りの悪化を来たし、支払停止処分を受けるような事態にでもなれば、原告が損害賠償請求を受ける可能性もあると考えて川島に対し、本件仮差押の執行取消申請をすべきであると意見を述べた。
(四) その後同年四月四日頃、被告は、訴外会社の代理人加藤弁護士から電話で、原告が右取消申請をするならば訴外会社が大阪府から工事代金受領の際本件手形金債権のうち一七〇万円を現金で支払う旨の申入れを受けた。
(五) そこで被告は、東京の原告本社に出張中であった川島に対し電話で右取消申請の同意を求めたところ、間もなく承諾の通知を受けたのでその旨加藤弁護士に連絡した。その直後加藤弁護士からの再度の申入れにより本件執行取消契約どおりの合意がなされた。
(六) ところで被告は、原告の同意を求めるにあたり、川島に対し、「加藤弁護士が現金一七〇万円ならびに四月以降満期到来の別紙(六)ないし(十二)記載の各手形については、責任を持って必らず訴外会社に支払わせると云っているのであるから、同弁護士を信用して右取消に応ずるように」と述べて右取消を促しており、これに対し川島と原告代表者らは、被告の右言葉を、加藤弁護士が右現金、手形金の支払を保証する意味に解釈して右取消に同意した。
(七) しかしながら、加藤弁護士は、被告に右取消の依頼をするにあたり、右現金、手形金債務を保証し、あるいはこれを引受ける趣旨のことは勿論右(六)で認定したような発言もしておらず、只寺内から右債務金を支払わせるように努力する旨述べたにすぎない。
(八) その後被告は、本件執行取消手続に必要な書類を作成のうえ、同月八日頃これを寺内に手渡し、同人は執行取消決定を得たのち大阪府からの工事代金を受領したが、その際被告は、加藤弁護士の方で立会ってくれるものと考えて、自ら立会わなかった。
(九) なお被告は、右執行取消契約の締結に先立ち、訴外会社から、本件仮差押に代わる人的、物的担保を取っていない。
以上のとおり認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分、とりわけ加藤弁護士の発言に関する部分は、「被告がそのように思った、加藤弁護士を信用していた」など被告の主張にわたる表現が多く見られること、加藤弁護士が、昭和四一年中訴外松原市の訴訟代理人として別事件に関与した際、関係人である訴外会社と寺内をはじめて知り、昭和四二年二月頃寺内から本件執行取消の交渉を依頼されて報酬も受けずに電話による交渉を行なったが、訴外会社の顧問弁護士でないことは勿論、寺内との接触は右交渉限りのもので、同社とは、その債務を保証するような間柄になかったこと(≪証拠省略≫による)にてらしてにわかに採用し難い。
また、被告本人尋問の結果中寺内による工事代金受領の際被告が立会わないことについては川島支店長の同意を得てあると述べる部分は、≪証拠省略≫にてらしてにわかに採用し難い。
二(一) ところで、債権の執行保全につき委任を受けた弁護士が一たん仮差押決定を得た後に債務者あるいはその代理人から右執行取消の申入れを受けて右取消申請手続をするにあたっては、同弁護士には、依頼者に対し右取消によって債権の回収不能の危険性があることを十分説明し、同人と協議のうえ債務者から右仮差押に代る人的、物的担保を受けるなど右取消により依頼者が損害を被むることのないような措置を講ずべき義務がある。
(二) しかるに、被告は、前記一で認定のとおり、加藤弁護士から同弁護士が本件手形金債務を保証し、あるいはこれを引受ける旨の申入れがなかったにも拘らず、原告に対し、右申入れがあったかの如き誤解を招き易い語句を用いて右執行取消を促して原告代表者らをしてこれに同意させたうえ訴外寺内に右申請書類を手渡し、また訴外会社から物的、人的担保をとることもせず、しかも訴外寺内が大阪府から工事代金の支払いを受けた際これに立会わなかったために、本件手形金債権のうち別紙手形目録(四)、(五)を除くその余の債権合計三四三万七〇〇〇円の回収不能を生じ、原告に対し右同額の損害を与えた。
(三) したがって、被告が本件執行取消契約の前後を通じとった右一連の行為は、本件手形金債権の執行保全につき委任を受けた弁護士としての債務不履行に該当するし、被告には右不履行につき過失があったといわなければならない。
(四) もっとも、前記一(二)で認定のとおり、本件仮差押後に、原告社員が本件手形の一部について、本件仮差押前に延期手形と利息を受領していることが判明した事実がある。
しかしながら、仮に原告社員の右行為により本件手形金債権中期限到来分について期限猶予の効力が認められ、したがって本件仮差押の時点において右債権が期限未到来であったとしても、それ以前に右のほかにも手形の延期がなされており、訴外会社は経営不振の状況にあり、債権譲渡等による執行免脱手段をとられるおそれがあったし、事後的に見ても、本件執行取消後公正証書による原告の訴外会社に対する強制執行も不奏功に終ったのであるから、仮差押による保全の必要は十分認められるところであり、期限未到来の債権による仮差押が許されている(民訴七三七)趣旨からみて、本件仮差押が直ちに違法とはいいがたく、訴外会社から原告に対する不当仮差押に基づく損害賠償請求が可能とも思われない。
したがって、右延期手形、利息受領の事実があるからといって訴外会社からの賠償請求を危ぐするの余り本件執行取消を慫慂し右取消におよんだ被告の措置は早計であったというべきであるから、前記結論を左右しない。
第三 以上検討したところによれば、被告は原告に対し、本件委任契約の債務不履行による損害金三四三万七〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年六月五日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
第四 以上説示のとおり、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒井真治 裁判官 山口久夫 鎌田義勝)
<以下省略>